2004/12/12

歌集「蛍のいろを宿す目」

hotaru

東海支部の高橋万里子さんが8月に出版された歌集「蛍のいろを宿す目」を送ってくださった。
高橋さんは結婚後はフルタイムで働いていたわけではなく、専業主婦だったこともあるようだ。その後再び仕事に戻られたという。仕事は精神科のお医者さんだ。職場は病院であったり施設であったりするようだ。それゆえ職場で向かい合うことを歌にするとそれは単に個人の病ではなく、社会の病を詠うことになる。
152ページ、\2415(税込)
ながらみ書房刊 ISBN 4-86023-266-6 C0092

職を得し病者の描く春の街透明人間が赤い影ひく  p11

ホームレス追い払い役の市職員鬱にて昏き眼を伏せる  p24

うなじ細き孤児なりしが就職し施設が里なり正月には来る  p44

自販機に頭を打ち付け自傷する子のカバンより漢字帳出ず  p69

大方は離別のぞむも質問がこに及ぶとき嗚咽し始む  p101

鈍行の雨の夜汽車にゆられいて心波立つ駅二つあり  p148

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2004/10/16

「シャイな曲線」

「シャイな曲線」表紙
昨日、南山教会に大島純男牧師を訪ねたら、春日井教会員で
「水甕」の水谷すみ子さんの最新歌集「シャイな曲線」をくださった。
10月12日に出たばかりの新しい本だ。水谷さんの第3歌集になる。
第2歌集「意志の花びら」(1996年)は、去年大島先生の「ヨブ記」
出版を水谷さんと3人で決めた時に大島先生からいただいた。
さて、この「シャイな曲線」だが、本文30ページばかり、100首
入って1000円+税。歌集としては非常にページ数が少ない。
判型はB6だが、横長に使っている。
全ページ、カラーのメルヘンチックな背景画あるいは写真があり、
その上に短歌が乗っているのだ。
(絵は見開きの片側だけの場合が多いが、見開きの2ページを
一つの単位にしている)
つまり絵本の文章が短歌になっていると思えばよい。
さらに英訳も付いている。
「シャイな曲線」本文
選ばれた短歌は著者の30年間の作歌生活の中から選んだもの
というが、カタカナが多いのは若い人を意識しているからかも知れ
ない。
詩集ではこういう本を幾つも見かける。ところが歌集でははじめて
見た。なぜ今までこういう歌集がなかったか、という気がする。

うら悲しい一生と思ふパソコンに身の直情を燃やしキイ打つ (p2)

楽器店の灯りにでんと座り居るコントラバスのシャイな曲線 (p4)

チグリスに沈む夕陽よ歴戦の死の歳月がにじむ緋の川 (p18)
The sun setting in the Tigris, the crimson stained river
that has seen over the years, the deaths of all the past wars.

噴水の飛沫くぐりて花びらがだあれもゐないベンチに向ふ (p28)

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2004/09/24

林泉歌集「本とフラスコ」

hayashi.jpg
塔短歌会の同じ東海支部の林泉さんが、先月発行された第一歌集「本とフラスコ」を送ってくださった。
とてもおしゃれなカバーがかかっている。
お子さんの誕生をきっかけに短歌を作り始め、18歳になって巣立っていったのでその記念に歌集を作られたということだ。ということは同じぐらいの年代なのだろう。
たぶん高校の教師、公立じゃないかと思うが、学校関係の歌も多い。
帯には河野裕子氏が「対象への距離のとりかたを知り奇を衒わずさりげなく歌われた歌の数々は、押しつけがましさがなく後味がよい」と評しているが、その通りだと思う。

 手をつなぐ親と子の間をモンシロチョウひらりと抜けてゆく日曜日  p12
 十人も来ておらぬ教室 何食わぬ顔して今日も出欠をとる  p35
 「歌え」とも「歌うな」とも言えぬ君が代を歌わせきたり二十余年も  p86
 路上にてすれ違えども目を病める父は気づかず 帽子かぶりて  p160

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2004/09/03

朝日「折々の歌」9月3日

朝、MLで朝日新聞の「折々の歌」(大岡信)に真中朋久さんの「エウラキロン」から蟹の歌が採られているという情報が流れた。
うちは中日新聞なので、四日市の妻の実家へ行って読んだ。
たまたま、WindowsXP SP2 のことで今日行く予定になっていたのだ。

泥の穴ひとつひとつに蟹がゐて潮ひけば泥のうへに走れる  (p115)

大岡氏はなぜこれを選び出したのだろう。
コラムの字数のほとんどは、「エウラキロン」という歌集のタイトルが使徒言行録から採られたことの説明だった。そしてこの歌が聖書に出てくる暴風とは関係なく穏やかな宇品港であると言われているだけだ。

浜の泥の中に穴がいくつもある。そして穴の中には蟹が潜んでいて、潮が引けば穴から出てきて泥の上を走り回る。干潟ではよく見かける光景だ。きわめてわかりやすい。
諫早にいた頃、今は堤防で閉め切られて無くなってしまった干潟で、この歌通りの光景を見た。左右のハサミの大きさが全然違うシオマネキという蟹がたくさんいた。トビハゼやムツゴロウも泥の上を跳ねていた。
干潟がどれほど大きな働きをしているか、諫早湾-有明海を見れば一目瞭然だ。諫早湾の干潟を潰したら、有明海の漁業全体がダメになってしまったではないか。

干潟を蟹が走る
話題性のない当たり前な(そしてちょっとメルヘンチックな)景色だが、今それは危機にある。当たり前のことが当たり前に行われることの大切さを訴えているように読めた。

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2004/05/07

「短歌、WWWを走る。」発売

昨年行われた題詠マラソン2003の本「短歌、WWWを走る。」が発売された。
さっそく題詠マラソン2003に参加した友人に送っていただいた。
ページ数は、縦書きの本文239ページ+横書きの「公式ルール」と「出詠者略歴」16ページで計255ページだ。しかし待てよ、ページ数が奇数というのは変だ。必ず4の倍数、あるいは16の倍数になるはずである。と思ってよく見れば、横書きの1ページの前に(縦書きなら最後のページに)ノンブルのない奥付のページがあった。だから合計で256ページということになる。256という数字は言うまでもなく16×16でパソコンにはなじみの深い数、意図的に256ページにしたのだろうか。

それはさておいて、こうやって本になると、WEB上で見ていたのとだいぶ違う。
・縦書きである。未だに日本語の新聞は縦書きだし、横書きの小説はほとんど見ない。昔、ある聖書注解書のシリーズで横書きにされたことに文句を言っている著者がいた。彼の言い分は「自分の文章は縦書きが適している」というものであった。出版社にしてみれば、一つのシリーズで縦書きの巻あり、横書きの巻ありでは統一が取れないということだろうが、私には著者の不満はよくわかる。縦書きで書くのと横書きで書くのとでは文体が変わるのだ。しかし、パソコン上のエディタで原稿を書くのが一般化した現在では、たいていの文章は横書きで書かれる。それでも文章の種類によって横に書きながら縦的な発想をしているのだろう。OSレベルで縦書きや右から左の横書きがサポートされることを望む。
話が横道にそれてしまった。
・行間が適度に開いていること。私のホームページでは、ページによってスタイルシートを用いて行間を広めに空けているが、PCの画面では通常は行間がほとんどない。これは大変見にくい。ただし題詠マラソンの場合は掲示板に本文1行のみの書き込みというスタイルなので読みにくいことはない。
・お題ごとに集められている。題詠マラソンはできたそばから書き込んでいくので、どんどん先に行く人もあり、3日に1首ぐらいのペースを守る人ありで、前後に同じ題の歌が並んでいるわけではない。本は題ごとに歌を集めているので「この題でどんな歌があるか」は見やすい。(WEBも検索機能で同様のことが出来るが、別の題が混じる可能性は残っている)
・「あの人はどんな歌を作っているか」はページをめくって探し出さないとわからない。この天ではパソコンにかなわない。全部の歌に通し番号を付けて、出詠者略歴のところにその人の作品の番号を記せばわかるだろうが、番号がうるさいかもしれない。
・このうちの何人かの作者とはいくつかのグループでご一緒している人たちだが、改めて書物でその作品を読むと違う印象があるし、改めて気づかされることも多い。印象が変わる原因の一つは読む環境のせいだ。いつも雑然としたパソコンデスクで読んでいるわけで、どうしても積み上げられた書類や所狭しと並べられた周辺機器というものと結びついたイメージで私のWEB短歌環境は成り立っているのだ。本1冊のみ持って喫茶店などで読むと同じ作品でも感じが違うのは当然だ。
・題詠マラソンは「歌人」と呼ばれる人たちからつい最近短歌に興味を持った人に至るまで、また年齢層も中学生から70歳を越える人まで参加しており、今の日本人の短歌のレベルをよく表しているのだと思う。

 送ってくださった友人は去年私に題詠マラソンに参加するよう誘ってくださった。しかし100首、パスなしで詠みきる自信がなかったのでお断りしてしまった。こうやってできあがった本で昨年のものを読んでみると、これなら私でも作れるじゃないかと思う(もちろん、こんなの私にはとうてい作れないと思うのもたくさんあるが)。去年断ったことをつくづく後悔している。今年は参加して、既に半ばまで来ている。振り返ってみて失敗作もあるのだが、本書の発行を良い刺激として、残りの半分に取り組みたいと思う。

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