« 2017/3/28副日課 サムエル記下17:1〜14 | トップページ | 2017/03/30ヤコブの手紙1:19~24 »

2017/3/29ヤコブの手紙1:1〜11

2 わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。
3 信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。
4 あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。

今日から聖書日課はヤコブの手紙に入る。
ルターは66巻を等価値に見るのではなく、彼が再発見した「信仰義認」という法則から価値を判断して、このヤコブの手紙は「藁の書簡」と呼んだそうだ。
しかし、今日の私たちから見ればルターが「行い」として退けたものとヤコブが推奨する「行い」には違いがあると思う。

この手紙の宛先は「離散している十二部族の人たち」となっているので、ひとまずはローマ世界各地のユダヤ人を対象にしていると考えてよいだろう。

今日の範囲の内容は、1上にあげた試練のこと、2疑わずに神に願うこと、3貧しい者と富んだ者 となっている。
これら3つは一見バラバラな事柄に思える。しかしそうではない。試練のことは3節に「信仰が試されると忍耐が生じる」と、信仰にしっかり立つことを言っている。
次も「いささかも疑わず、信仰をもって願い」、フラフラしてはならないといっている。
「貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。」というのは、経済的財産とは別の信仰の価値に心を向けなさいということだろう。イエスは「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」と教えた。金持ちには「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」と教えられた。貧しい者は神をあてにして生きるほかない。富を持つ者はそれを自分の物としてではなく、神の物、神から委ねられた物とし有無がどうであろうがて扱い、自分は僕の座にいなさいということだ。

そうしてみると、ヤコブの手紙の手紙の冒頭は、信仰に立つこと。試練にあっても、願望についても、財産の有無がどうであろうと、信仰に堅く立って生きることを勧めている。「藁の書簡」などではない。


|

« 2017/3/28副日課 サムエル記下17:1〜14 | トップページ | 2017/03/30ヤコブの手紙1:19~24 »

「聖書日課」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13202/65080329

この記事へのトラックバック一覧です: 2017/3/29ヤコブの手紙1:1〜11:

« 2017/3/28副日課 サムエル記下17:1〜14 | トップページ | 2017/03/30ヤコブの手紙1:19~24 »