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2014年4月14日ガラテヤ6:11-18

今週は聖週(受難週)なので、通読から離れます。

今日はガラテヤの信徒への手紙の最後の部分6:11-18です。
このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように。(14-16節)

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2014年4月13日(棕櫚の主日)マルコ14:32~42

説教「心は燃えても、体は弱い」

 「春眠暁を覚えず」といいます。私はかつて片道40数kmの距離を車で通勤していました。この季節、帰りは途中で眠くなり喫茶店で一休みしていました。今は半年牧師の職を離れていたこともあって、毎日家に帰ると早く寝てしまいます。この原稿も金曜日に「原稿お願いします」と言われて机に向かったものの睡魔に勝てず、土曜の朝書きました。

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2014年4月12日マタイ27:45-66

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昨日の箇所はマタイ27:27-44でした。
主イエスはローマの兵士たちから侮辱され、十字架の近くを通る人からののしられ、最高法院の議員たちから侮辱され、一緒に十字架につけられた強盗からもののしられました。

今日の個所は45~66節です。

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2014年4月10日マタイ27:11〜26

総督ピラトの裁判
11節 総督がイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と言われた。
26章64節と同じように「あなたは」「言う」の2語。ただ27:11は現在形。イエスはこの後何も答えない。総督がローマ人だからだろうか?

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2014年4月5日マタイ27:1~10

ユダの悲劇は、自分の罪の始末を自分で付けようとしたこと、神に委ねようとしなかったことだった。

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2014年4月8日マタイ26:69〜75

69 ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。
70 ペトロは皆の前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言った。

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2014年4月7日マタイ26:57~68

昨日の礼拝の説教概要はブログ「でこぼこな部屋」 でご覧ください。

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「最高法院で裁判を受ける」

26:57 人々はイエスを捕らえると、大祭司カイアファのところへ連れて行った。そこには、律法学者たちや長老たちが集まっていた。

最高法院はユダヤの自治議会で祭司長たち・長老たち・律法学者たち計70名で構成される。大祭司が議長である。裁判もここで行われた。ただし、死刑は最高法院の決定だけでは行えず、ローマ帝国の裁判、すなわち総督による裁判が必要だった。
そして裁判の基準となる法も異なっていた。ユダヤの議会は「律法」すなわち旧約聖書の定めに則って行われ、総督の裁判ではローマ法に則って行われた。
従って最高法院ではイエスの言動が律法に照らしてどうかを判断する。

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2014年4月5日マタイ26:47-56

 今日の箇所はユダの裏切りによってイエスが逮捕される場面だ。ユダはイエスに「こんばんは」と言って接吻した。接吻が親愛の挨拶であることは言うまでもない。そして「こんばんは」は普通の挨拶だがヘブライ語なら「シャローム」(平和があるように)、マタイによる福音書のギリシャ語では「カイレ」(喜びがあるように)だ。このような仕方で主を裏切るとき、ユダの心はどのようだったのだろうか?

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2014年4月4日マタイ26:36~46

ここに描かれているのは

・イエスさまと弟子たちの会話
・イエスさまと御父の会話(祈り)
だが、福音書記者はイエスさまの言葉のみを記している。
それによって、イエスさまの心の内にある緊迫感がより鮮明に表現されている。
時間を追って主の言葉を見ていくとその変化が見えてくる。
「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い」
を堺に変化がある。

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2014年4月3日 マタイ26:26-35

26-30 主の晩餐
31-35 ペトロの離反を予告する
今日の範囲内の前半だけを見る。
聖餐式ではパンとぶどう酒に与るが、パンは「わたしの体」、ぶどう酒を「罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血」と言われている。
パンについては細かい説明はなく、ぶどう酒については罪の赦しにかかわる契約であることが明示されている。

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2014年4月2日マタイ26:14~25

26:14~16 ユダ、裏切りを企てる

26:17~25 過越の食事

イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」(18節)
一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」 弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。(21~22節)

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2014年4月1日 マタイによる福音書26:1~13

「この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(12~13節)

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